大宝蔵院と百済観音堂

百済観音堂を中心に東西の宝蔵からなる大宝蔵院には法隆寺に伝来する数々の名宝が安置されています。中でも飛鳥時代の建築様式を伝える宮殿形の玉虫厨子は、周囲の金具の下に玉虫の翅があるのでこの名があります。このほか橘夫人念持仏と伝える精緻な光背と後屏を背に蓮池から出現した蓮華に座す阿弥陀三尊像をお祀りした厨子や、その優しげなお顔から悪夢を吉夢に替えてくださると伝える夢違観音像をはじめ、中国から伝えられた白壇造りの九面観音像・天人の描かれた金堂小壁画・百万塔など、上代文化の息吹を今に伝えています。

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  • 観音菩薩像(夢違観音)
    この像に祈ると悪夢が吉夢に変わるとの伝説から、夢違観音と呼ばれ、親しまれています。
    溌剌とした少年のような像で白鳳時代を代表する仏像です。もとは東院の絵殿にお祀りされていました。
    (白鳳時代 国宝)
  • 地蔵菩薩像
    明治初年の神仏分離令で大神神社の神宮寺であった大御輪寺から移されたと伝えられています。頭から台座の蓮肉部まで一木で作られ、内刳も無い重量感に富んだ一木造の像で、衣文の表現にも切れ味があります。威厳に富んだ表情で、地蔵菩薩とされていますが、神像であったという説もあります。
    (平安時代 国宝)
  • 玉虫厨子
    宣字形の台座上に置かれた宮殿部は錣葺(しころぶき)の屋根、精緻に造られた組み物等で仏殿の形に造られ、金堂より古い建築様式がみられます。唐草模様を透かし彫りした銅板とその下には玉虫の翅が貼られており、玉虫厨子と呼ばれています。下部の台座には正面に舎利供養図、背面には須弥山世界図、また側面には釈迦の前世説話「捨身飼虎図」、「施身聞偈」が描かれています。
    (飛鳥時代 国宝)
  • 百済観音像
    飛鳥彫刻を代表するこの像は像高209.4㎝。あたかも天を指すようなすらりと伸びた体躯に、優しく微笑みかける柔和な尊顔が華麗な光背に映え、見る人の心を惹きつけます。江戸時代には虚空蔵菩薩とされていましたが、明治に化仏のある透かし彫りの宝冠が見つかり、百済観音と呼ばれるようになりました。光背の支柱は竹を模して造られ、基部に山岳文が表現されています。
    (飛鳥時代 国宝)
  • 伝橘夫人持仏及び厨子
    藤原不比等の夫人で、光明皇后の母である橘三千代の念持仏とされる厨子入りの阿弥陀三尊像。蓮池を表した銅造鍍金の台から螺旋状に立ち上がった三本の蓮茎の上に蓮華座が乗り、阿弥陀三尊像が安置されています。三尊の後の後屏は浄土の世界を見事に表現しています。
    (白鳳時代 国宝)
  • 百万塔
    百万塔は天平宝字八年(764)称徳天皇が発願され、神護景雲四年(770)に完成したと言われ、百万基が制作されたため百万塔と呼ばれています。塔芯を刳り抜いた中に収められた「陀羅尼」は年紀の明らかな印刷物としては世界最古のものです。完成後、大安寺、東大寺を初めとする十大寺に収められましたが、法隆寺に収められた十万基の内四万六千基弱が現存しています。
    (奈良時代 重要文化財(102基))
飛天図
金堂内部の壁面は外陣の大壁四面をはじめ、内陣の小壁などすべてに壁画が描かれていましたが、昭和24年焼損してしまいました。写真の内陣「飛天図」は火災の前に取り外され、難を逃れました。内陣にあった20面の飛天図は同じ図様で、花皿を掲げ持った二体の天人が天衣を軽やかに翻して舞う姿が描かれています。
(飛鳥時代 重要文化財)
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