夢殿

西院の東大門をくぐると、広い参道の正面に東院伽藍が現われて、甍の上には見事な夢殿の宝珠が輝いています。ここは聖徳太子の斑鳩の宮の跡で、朝廷の信任厚かった高僧行信(ぎょうしん)が宮跡の荒廃ぶりを嘆いて太子供養の伽藍の建立を発願し、天平20年(748)に聖霊会(しょうりょうえ)を始行したとされる太子信仰の聖地であります。
高い基壇の上に立つ八角円堂の夢殿は東院の本堂で、天平創建の建築でありますが、鎌倉期の寛喜2年(1230)に大改造を受け、高さや軒の出、組み物などが大きく改変されているものの、古材から天平の姿に復元することもできるほど古様を残しています。
(奈良時代 国宝)

絵殿・舎利殿

この建物の東側は舎利殿と呼ばれ、聖徳太子が2才の春に東に向って合掌され、そしてその掌中から出現したという舎利(釈迦の遺骨)を安置する建物です。現在では1月1日から三日間「舎利講」という法要が行われ、その御舎利をご開帳(奉出)しています。また、西側には聖徳太子一代の事跡を描いた障子絵が納められた絵殿があります。
(鎌倉時代 重要文化財)

伝法堂

伝法堂は聖武天皇の夫人でありました橘古那可智の住宅を仏堂に改造したもので、当時のお堂としてはめずらしく床が板張りとなっています。堂内には三組の乾漆阿弥陀三尊像(奈良時代)をはじめ多数の仏像が安置されています。
(奈良時代 国宝)

救世観音像

聖徳太子の等身像と伝えられる救世観音像は、行信が夢殿建立のときに本尊として迎えた霊像です。楠の一木造りで漆箔が施され、長く秘仏として厳重に奉安されてきたために金銅仏と見まがうような輝きをみせています。
(飛鳥時代 国宝)

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